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『タイ人』のソムチャイさんの『聞きタイ、知りタイ、わかりタイ』

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タイ僧侶の托鉢

 「僧侶の托鉢は早朝にしか見えない風景ですが、人々は何を祈っているのでしょうか?家族全員が一緒に僧侶へ御飯をあげることはよくありました。となりさんは、托鉢のお坊さんへ御飯等をあげると天国へ行けると言いましたけれども。。タイ語勉強中」
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 タイ語勉強中さん、お便りありがとうございます。
 タイ僧侶の托鉢風景はお好きですか?
 筆者はとっても好きです。早朝、人々の生活活動が始まると、どの家庭も忙しい。しかし、外へ目をそらすと、未明の薄暗い中に黄色姿がゆっくりと歩いている。一直線で、安定な一歩一歩ずつ歩く。その黄色がなんとなく胸に温もりを感じてくる。
 人々はいそいそと道端へ行く。托鉢僧侶が通ってくるに間に合うようにと。両手はできたて御飯とおかず、お花と線香。。。
 そして、待っているタイミングが来ると、僧侶が前に立ち止ってくれる。その時、お上げする前、人々は祈りします。
 「お上げするものは命を支えるために、どうか、先祖様始め、有縁、無縁の祖霊様たち、苦しんでいる霊たち等、この供養を頂いて下さい、どうぞ永遠に幸せになるよう。。。。」と、祈り終えて、御飯、おかず、果物、お菓子、お花、線香とロウソク等を托鉢へ入れていく。
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 タイ人は托鉢が大好きです。幸せを感じるからです。毎日の始まるがこのような安らぎな気持ちができて、忙しい1日を迎える。だから、子供や子孫へ伝わりたい。子供連れの托鉢へあげることはよく見られる。
 筆者は小学校あがる前から両親に連れられ一緒に托鉢僧侶を待つに道端で立つことは高校までの日課でした。お線香と花束を渡す役。
 両親は毎朝4時から起き、御飯やおかずを準備して、5:30時頃には準備できて、椅子とおかず、御飯を運び出す。家から通り道までへ行く。これが終わってから、また供養を霊界の祖霊たちや、様々の不幸等で亡くなった御霊さまへ祈る。
 お水を容器から土へ流す。自分か家族の人々と一緒にひとさし指をその流す水が通して土へと流れるようにしながら、祈る。これが、施した供養は、その恵みを霊界の統べての御霊へあげる。幸せになるように祈ってあげる。
 このように、托鉢へ供養することは、「徳を積む」行為であり、不幸な万霊たちへ祈りである。
 この意味で、托鉢する僧侶は、命を支えるための御飯を貰うための行為ではありません。「俗の世の人々を救う」の為である。(人々が霊へ供養する機会を与える意味、の考え方)もちろん、物理的には、僧侶がその恵みで命を支えられた。それで、仏法勉強と実践を専念にできるため、働かなくてもいいように。日本のようなお坊さんとはちがいます。働かなくては食べられないような意味では。
 タイ僧侶は「職業」を持つことば禁じられる。戒律によるものです。
 
下の画像は、田舎の街で小学生は独り托鉢僧侶を待っている。合わせている両手の前、篭にバナナの葉っぱ包み料理がいっぱい入れてある。。。恐らく、親の変わりに今日は独りでやることになった。
 このような美しい風景と人々の美しい心が見える朝一番。。。
 

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筆者への質問等、直接メールをどうぞ。。。  
      jottermail@yahoo.com

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「俺より先はだめだよ!」

 後輩から聞いた話です。

 「昨日○○さんに呼ばれて晩酌にいってきた。とっても印象的な家族で、仲良し御夫婦です。。。。
 一つの事だけはいつまでも胸の中にのこっている。理解できないし、日本人男性が凄くわがままと思ってしまった。。。」
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 と言う事は。。
 御主人様の言葉で「俺より先はダメよ!」って。
 後輩の彼女としては、理解できない。その理由は、なぜ、死ぬことは自然だし、止められないことでもあるなのに、この主人さんに言われることではない!
 
 タイでしたら、このように言われると、きっと喧嘩になる!
 日本人女性はすばらしい!このように言われても、黙って受け止める!
 不思議で理解できない。。。

 このような考え方は、この「彼女」だけではない。タイ人でしたら誰でも理解し難いことになる。。。

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学級崩壊に考える

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「いつも楽しみに読ませていただきます。タイは学校内暴力、いじめ問題、学級崩壊等がありますか?日本の状況は大変です。中学校の教諭です。職場からの悩みは毎日山積しています。タイの学校の状況を簡単でも教えて下さい。15年目教諭」
 15年目教諭さん、ありがとうございます。
 「教えさとす」職は、タイでは天職だとされ、社会で高く評価され、尊敬される職です。
 現代は、物質的な考えが主の社会なので、物、お金が豊かでさえとして、道徳、人の心、慈悲慈愛等は「タブー」な事になってしまった。これが非常に痛ましい人間社会の源になるではないかと筆者は信じています。
 物質が発達すればする程、不幸な世界が増々激しくなるのが、どこに原因があるはずですね。ものが豊かな社会、便利になった生活は、昔よりもっと平和な、幸せな社会になる変わりに、戦い合うばかりです。。。
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 タイもそのような社会になっている。仏教国でありながら、大都会から地方への「誤り価値観」が広がっていく。「善悪」を信じない形だけの仏教徒が多い。
 しかし、まだ日本程酷くないような気がする。
 「教諭」自身は、自分の天職に対しての価値観がまだ高いと思います。「教えさとす」行為は、仏教の教えでは「功徳」だと。
 これを、まだタイ人には信じているからでしょうね。物質的な考えが強くても、心の片隅には、多分、「人を幸せすれば、自分も幸せになる」事が少しでも残っています。
 このために、教諭自身は預かった子供たち、親たちへ「裏切り」はしない。社会が自分にたいして求める事を一生懸命応えようとしています。
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 上の画像、学校での年中行事の最も大切な行事。「ワイ・クルーの日」です。「先生へお礼の日」として国の祭日です。毎年1月16日に全国で統べての学校、統べてのレベル教育場は、先生へお礼儀式を行う。生徒たちは先生へお花をもって、先生のところに額ずく。最高なお参り姿である。その恩恵にお礼、これから日々お世話と教えて下さいとの言葉を添えて額ずく。。。
 非常に感動的な場面です。
 不思議に、日本等、他海外国は、このような儀式がない。なぜなんだろう。。。
 このような行事は、少なくても生徒と先生の絆が年々強く太っていくではないかと、個人的に思います。筆者の体験からは、子供時代にはあまり無意味だったことは、確かです!しかし、大学生から、社会人になると、過去を蘇ると、なんと、その人間としての、人情みたいなものが胸に込み上げる。。。
 この儀式に、小中生の親たちも参加することも多い。田舎では必ず保護者は同伴して学校へやってくる。その場面を見守りながら、最後に先生へ「ありがとうございます。子供へ教育にお願いします」と。
 親や保護者は、また、この儀式によって先生との絆が、同じように段々と強く太る。
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 前のニュースで学校の給食を取りながら、子供の食費滞納する保護者が多かったことに非常に驚きました。家族の状況やどんな理屈があろうとしても、理解できない。まず、道理には間違っているとしか考えられません。
 筆者だけではなく、タイの一般人でも唖然とし、言葉がでない!なぜ、日本のイメージは、人々は美しく、親切、勤勉だ等が、正反対ではないかって、言われた。。。
 学校内暴力、悪質ないじめ、生徒への性的な犯罪等、タイでは、あり得ないというか、許せない社会です。なので、生徒たちお互いに「しない、させない」をコントロールができる。先生も生徒へ暴力や性的犯すこともできないことになっている。
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 たまには、不良子が暴力行為をとることはあるが、すぐに解決できる。親たちは子供に「善悪」を示すなので先生や学校へ協力する。お詫びもします。
 この点は、非常に驚くことは、親が先生へ攻めること。学校まで来て先生へ罵声かけ、凄く許しがたい態度では、見ただけでも憤激するしかないですね。ちり程でも自分に原因があろうとは、反省しない。反省は平和な人間社会の基本ですからね。
 タイの諺では、「親は子供の鏡」がある。ちょうど日本でよく言うことは「親の姿で子供が育つ」のようなことでしょうか、親たちは自覚している。
 例えば、隣の大人が喧嘩すると、お互いに責め合い言葉では、よくこの「親は子供の鏡」と言う!つまり、「お前は悪いから、子孫も悪いにちがいない。家系の元が悪いからできたお前だ!」。。。非常に痛い!
 15年目教諭さん、日本の教育は根本から改革しなければならないと思います。情操教育があっても、きれいな言葉だけです。親たち、家庭内は無視している。自分たちは直さなければ、いくら子供を学校へ責任転嫁しても、なにも好い事もない。親が悪いからでしょう。もちろん、先生たち自身も考えなければならないです。
 純粋な心の子供たちに、少しでも教えて直していくことは、先生の大きな徳積みです。厳しい環境では大変だけど、15年目教諭さんへ応援します。

 

虹色ストロ

           
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   タイでしかないかも知れないこの美しい色になる「ストロ」。

 どの色がお好きですか?って、屋台での飲み物類売り子は、客に商品を渡すまでは、迷い程この彩りストロ選び。

 多分、売り子の一つ楽しみかも知れない。内心では「次ぎのお客さんには、ピンク。今度は、紫にしよう。。。等々」。

 「食に添加物」のことで心配するには、筆者の考え過ぎかも知れないが、その染めた色は?環境汚染の一つの形とは言えるでしょうか?

 「ソムチャイさん、タイで吃驚したことはストロの色です。とっても美味しい生ヤシジュース、絞り出したサトウキビ汁、パームヤシジュース等々を、買って飲む時に、ビニール袋に入れて輪ゴムで縛ってストロが挿して渡してくれた。
 最初は思わず、このストロを眺めました!ビビキング」


          。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


タイヌードルは好きだが。。。

 関西親父さんからメールです。

 「ソムチャイさん、タイ旅行したとき屋台のヌードルを食べてみました。とってもおいしくてびっくりしました。いろいろあってとってもユニークな麺類料理です。ただ一種のヌードルは、赤い汁で甘くて酸っぱい、辛さも刺激です。美味しかったが、チョコの色で食感はコンニャクか蒲鉾みたいなもの。何ですか?タイ人のガイドは血と言ったけど。。。!あまり日本語が分からない人ですけれども。気持ち悪いです。本当に血ですか?何の血ですか?関西親父です」
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 関西親父様、タイ屋台料理にはまってしまったですね。このような小売り商は、味と清潔さ、そして値段での勝負ですね。
 仰った赤い汁の麺類は、「ジェンタウフォー」と言うものですね。あのチョコ色は、間違いなく固めて作った血ですね。鶏や、カモ、豚、牛等それぞれの料理に入れる肉と同じものの血液を固形状にしたものです。(固まる薬品を入れてから火を通して切る)昔から中国料理の食習慣を受け継いだものでしょう。
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 この血塊入り料理は全部とも言える程が中華料理なんですね。カモヌードル、チキンライス、血魂ニラ炒め等。
 健康食品との価値観からでしょうか、タイ人は好んで食べる人も多いけど、嫌がる人も少なくないですね。筆者もその1人です。
  

  直接筆者へのメール:
       jottermail@yahoo.co.jp


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